665.健康保険と厚生年金保険の適用拡大
2024年7月5日
令和6年10月からの短時間従業員に対する『健康保険と厚生年金保険の適用拡大』開始が近づいて来た。
そうすると、適用拡大の対象者である短時間従業員の手取り給料は減るので、従業員の生活は大変になるというような報道が流れる
のであろう。
確かに、新しく適用対象者となる従業員の手取りは減ることになるのだが、しかし給与が実際に減るわけではない。
給与自体は変わりないのだが、その一部を将来への備えとなる社会保険へ回すので、その分、手取り額が少なくなるわけである。
将来に備えるのか、いまの生活を大事にするのか、その議論の余地はあるが、しかし現実的に数千円の社会保険を納付したから
いまの生活が成り立たなくなる人が一体どれだけいるのだろうか。
最近の報道は大衆を煽ることに熱心なようで、まるで戦前の戦争を煽り続けた報道機関を彷彿させる。
まったくその反省を忘れたかのようなマスコミの姿勢に、危ういものを感じる。
そのことはともかく、それよりも大変なのは企業だ。
企業はそのために、適用が拡大された従業員の健康保険料と厚生年金保険料の2分の1を負担することになる。
つまり、適用拡大された従業員の健康保険料と厚生年金保険料の2分の1を「法定福利費」として、人件費が増えることになる。
そうでなくとも人件費を上げなければならないこの厳しい経営環境の中で、さらに人件費の増加を吸収しなければならない。
そのような『短時間従業員に対する健康保険と厚生年金保険の適用拡大』について詳しく見てみよう。
1 そもそも社会保険とは?
そもそも「社会保険」とは、健康保険、厚生年金保険、介護保険、労働者災害補償保険(労災)、雇用保険を総称したものだ。
これら社会保険は、一定の要件を満たす場合、本人の意思によらずして、被保険者とならなければならない。
かつ、事業者は対象の従業員を社会保険に加入させなければならない。
したがって、「当社は加入していません」「私は加入しません」などと、加入する・しないを選択できるものではない。
社会保険は対象となれば、加入する・しないを選択できるものではない!
健康保険や厚生年金保険は、フルタイムの従業員に対して原則、加入させなければならず、アルバイト・パートタイマーなどの
短時間従業員であっても、一定の要件を満たす場合は加入させなければならない。
2024年10月1日よりそのアルバイト・パートタイマーなどの短時間従業員に対する「社会保険適用対象要件」が拡大される。
2 社会保険の概要
(1)社会保険とは
社会保険とは、憲法25条に規定される国民の生存権を保障するための制度である。
(2)社会保険と労働保険
社会保険は、(狭義の)社会保険と労働保険に分けられる。
1.社会保険:健康保険、厚生年金保険、介護保険
2.労働保険:労災保険、雇用保険
※単に「社会保険」という場合は、健康保険・厚生年金保険・介護保険を指している。
(3)保険料の負担
社会保険の保険料は、従業員の収入によって決定され、本人と事業者で折半となり、本人分は給与から天引き等され、
事業者は本人から預かった社会保険料と事業者負担の社会保険料を合わせて納付することになっている。
(4)健康保険とは
健康保険は、従業員本人又はその扶養者家族の業務外の疾病や負傷、死亡、出産に対して保険給付を行う保険制度だ。
健康保険の被保険者は医療費の自己負担が3割負担となったり、傷病により働けない場合や出産・死亡等の場合には
保険給付を受けることができる。
(5)厚生年金保険
厚生年金保険は、従業員の老齢・障害・死亡について保険給付を行い、従業員及びその家族の生活の安定と福祉の向上に
寄与する保険制度だ。
厚生年金保険は国民年金と併せた2階建ての「2階部分」の給付に当たり、被保険者は国民年金に基づく各種年金の受給額に
加えて、プラス一定額を受給することができる。
原則として、65歳から保険給付を受けられる「老齢厚生年金」、一定以上の障害が残った場合に保険給付を受けられる
「障害厚生年金」、被保険者が死亡した際に遺族に支払われる「遺族厚生年金」などがある。
厚生年金保険は国民年金にプラスして年金が受給できる制度です!
厚生年金保険には老齢厚生年金・障害厚生年金・遺族厚生年金などがある!
(6)介護保険
介護保険は、加齢に伴って生じる心身の変化に起因する疾病等によって要介護状態となった場合に必要な保健医療サービスや
福祉サービスに係る給付を受けられる保険制度だ。
介護保険は40歳以上の人が加入し、一定の事由により要介護となった場合に事業者からの介護サービスを受けたり、
その費用について一定額の保険給付が受けられる。
満40歳になった月から64歳までは健康保険料と合わせて年金事務所に納付し、65歳からは健康保険料とは別に
居住している区市町村に納付する。
介護保険は40歳加入で、要介護になった場合その費用について一定額の給付が受けられる!
3 適用を拡大しなければならない対象企業は?
適用を拡大しなければならない企業は『従業員51人以上』の企業だ。これまでは、従業員数101人以上の企業までであった。
この51人の従業員の中には、パートやアルバイトも含まれるので、予想以上に多くの中小企業が対象になるかもしれない。
健康保険と厚生年金保険の適用拡大対象企業は従業員51人以上の企業!
4 新たに健康保険と厚生年金保険の適用が拡大される従業員とは?
新たに、健康保険と厚生年金に加入しなければならない従業員は次のとおりだ。
1.学生ではないパート・アルバイト
2.2カ月を超える雇用の見込みがあるパート・アルバイト
3.1週間の所定労働時間が20時間以上のパート・アルバイト
4.所定内賃金が月額88,000円以上のパート・アルバイト
学生を除く、主婦や高齢者などのパート・アルバイトの多くが適用拡大となる!
したがって、宿泊業や製造業あるいは運送業やサービス業など、いまでも経営が厳しく、主婦や高齢者のパート・アルバイトに
頼っている企業が、新たに該当することになると考えれられる。
5 適用拡大要件である従業員を詳しく
(1)従業員数の数え方
拡大要件でいう「使用される従業員数」とは、全ての従業員をカウントするわけではない。
使用される従業員数はすべての従業員をカウントするわけではない!
特定4分の3未満短時間労働者を除く、厚生年金保険の適用対象者だけをカウントする。
※厚生年金保険法附則(平成24年8月22日法律第62号)17条12
また使用される従業員は常時使用されている必要があり、「常時51人以上」とは直近12カ月のうち、6カ月間で厚生年金保険の
適用対象者の人数が51人以上である場合のことをいう。
常時51人以上とは、直近12カ月間で
6カ月厚生年金保険適用対象者であった人が51人以上いる場合のことをいう!
具体的には、事業者が雇用するフルタイム従業員と、1週間の所定労働時間がフルタイム従業員の所定労働時間の4分の3以上及び
1カ月間の所定労働日数の4分の3以上の短時間従業員の合計人数を数え、その人数が直近12カ月のうち6カ月で51人以上を
上回っている場合に「51人以上の要件」を満たすことになる。
(2)週の所定労働時間が20時間以上の考え方
要件は所定労働時間なので、実際の労働時間ではなく、就業規則や個別の雇用契約によって定められた労働時間で判断する。
所定労働時間が20時間以上とは、実際の労働時間ではなく契約上の労働時間のことをいう!
したがって、週所定労働時間が20時間未満の労働者が、時間外労働を行い、週の労働時間が20時間を超えた場合であっても、
その時間外労働時間は20時間以上の要件の判断においては含まれない。
所定労働時間が週単位以外の単位で定められている場合は1年を52週として考え、それぞれの所定労働時間から1週間単位での
所定労働時間を算出する。
また、所定労働時間が特定の期間によって長短がある場合は、特定の期間を除いた通常の期間の所定労働時間をもとに、週所定労働
時間が20時間以上となるかを判断する。
ただし、契約上、所定労働時間が20時間を満たない場合でも、時間外労働時間を含む実労働時間が2カ月連続で週20時間以上と
なり、なおも引き続くと見込まれる場合には、3カ月目からは20時間以上の要件を満たすとされる。
(3)所定内賃金が月88,000円以上の考え方
所定内賃金とは、以下の賃金を除いた賃金とされている。
※健康保険の場合は健康保険法3条1項9号ロ、同法施行規則23条の4、厚生年金保険の場合は厚生年金保険法12条5号ロ、
同法施行規則9条の4に基づく。
《所定内賃金から除外される賃金》
1.臨時に支払われる賃金
2.ひと月を超える期間ごとに支払われる賃金
3.所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金
4.所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金
5.午後10時から午前5時まで(労働基準法37条4項の規定により厚生労働大臣が定める地域又は期間については午後11時
から午前6時まで)の間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分
6.最低賃金において算入しないことを定める賃金(最低賃金法4条3項3号に掲げる賃金をいう)
(4)2カ月を超える雇用の見込があるの考え方
特定4分の3未満短時間従業員の契約期間が2カ月を超える期間になっていれば、当然、この要件を満たす。
加えて、契約期間がたとえ2カ月以下であっても、就業規則や雇用契約書などに雇用契約が更新される旨や更新される場合があると
明示されている場合、あるいは同一事業所においてすでに雇用の更新がされた実績がある場合は、この要件を満たすと考えられる。
ただし、契約更新をしない旨の書面による合意がある場合は除かれる。
(5)学生ではないの考え方
学生とは、夜間に授業が行われる定時制や通信制は除かれる。
定時制や通信制は「学生ではない」という要件を満たす!
つまり、全日制の専門学校・高等専門学校・中等教育学校・大学・短期大学・専門学校などに在学する学生のことをいう。
※健康保険は健康保険法3条1項9号ハ、同法施行規則23条の6、厚生年金保険は厚生年金保険法12条5号ハ、同法施行規則
9条の6に基づく。
また、休学中の者や内定者を卒業前にアルバイトとして雇用する場合など、各学校の卒業を予定している者であっても卒業後も
引き続き雇用することが予定されている場合は、在学中であっても「学生ではない」という要件を満たす。
6 対応しないとどうなるのか?
加入対象にも関わらず、未加入のままにしていると、次のようなことになってしまう可能性がある。
1.年金事務所職員による立ち入り検査
2.検査時に悪質な対応をした場合などには6ヶ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金
※健康保険は健康保険法208条1号、厚生年金保険は厚生年金保険法102条1項1号に基づく。
つまり、企業としては、対象従業員にその意義を含めてきちんと説明を行い、了解を取り付けて、対応しなければならない。
企業としては2024年10月1日に合わせて適切に加入手続きを行うことが求められる!
7 加入のメリット・デメリット
では、健康保険と厚生年金保険の加入のメリットやデメリットを整理しておこう。
(1)適用拡大された従業員のメリット
1.保険料を会社と折半できる
健康保険料と厚生年金保険料は、労働者側と雇用者側が原則として折半して支払うので、支払うべき保険料の半分を企業が
負担してくれる。
2.老後に受け取れる年金額が増える
厚生年金保険に加入すると、国民年金から将来受け取れる基礎年金の額に在職中に支払った厚生年金の保険料に応じた金額が
上乗せとなる。また、厚生年金保険の加入期間が長い分だけ、将来上乗せされる年金の額も増える。
3.手厚い保険制度が利用できる
けがや病気を理由に3日間連続で休む場合、給与の支払いを受けられないなどの条件を満たせば、4日目以降に傷病手当金の
受給が可能。出産手当金や出産育児一時金なども、要件を満たしていれば支給される。
(2)適用拡大された従業員のデメリット
1.給与の手取り額が減る
社会保険に加入するので、毎月の保険料が天引きされ、手取り額が減る。
例えば、東京都内在住の30代主婦のパートで年収が129万円に押さえた場合と、130万円になって社会保険に加入した
場合を比較すると、社会保険料として約19万円を自己負担することになり、129万円の場合、手取りが129万3300円で
あったのか、130万円で社会保険に加入すると、手取りは108万6052円となる。
8 経営上の問題点
この社会保険加入の負担額は、毎月の給与のほか賞与にも影響してくる。
毎月の給与に加え、賞与でも本人負担の社会保険料と同等額を企業側で負担しなければならないからだ。
したがって、この影響は大きく、これを吸収させていくためにも、さらなる経営の構造改革を進めていかなくてはならない。
具体的には、限界利益の管理や労働分配率の管理が重要となってくる。
人件費の増加に対しては「限界利益」と「労働分配率」の管理でその情勢を見る!
できれば、この社会保険の新規加入を契機に、短時間従業員を含めやる気を向上させ、生産性向上を図らなければならない。
そのためには、社会保険加入の説明の仕方が大事だ。
単に、「この度、短時間従業員の皆さんにも社会保険加入していただかなくてはならなくなり、ついては手取りも少し減りますが、
ご理解ください。」なんて説明は最低だ。
社会保険加入の意義を説明し、したがって皆さん自身での負担と会社もそれ以上の負担をして応援しますので、いままで以上に
頑張っていきましょう!ぐらいの説明が出来なくてはだめだ。
社会保険加入を士気向上のテコ入れに活用する!
そして、できれば、秋の昇給時にさらに給与支給額をアップさせれば否が応でも社内は盛り上がり、業績はさらに伸ばせる!