465.会計で経営力を高めるシリーズ 直接P/L
2020年5月23日
第15回会計で経営力を高めるシリーズ『直接原価計算方式によるP/L』
今回は管理会計の手法として『直接原価計算方式による損益計算書』を紹介します。
1 通常の損益計算書の問題点
前回のP/Lは一般的な損益計算書ですが、制度会計に基づく損益計算書であり「全部原価計算方式」による損益計算書です。
それら、全部原価方式の損益計算書には、経営的側面から見ると次のような問題点があります。
1.余った材料や商品は当期から控除して次期に繰り越す仕組みになっている
通常の損益計算書一番の特徴は、今期売り残った商品や原材料はすべて「棚卸資産」として次期に繰り越す仕組みになっている
ことです。ですから、余った材料や商品は期末の棚卸資産として、今期の損益計算から除外します。
これだと経営感覚的にいえば、余分に仕入して、代金を支払った商品仕入や原材料費などのペナルティ(仕入判断の誤り)は、
当該事業年度では問われないことになり、利益が出やすく計算されることになります。
2.原価要素があいまいになっている
さらに、製造にかかる人件費なども「労務費」として、電気代などは「製造経費」として売上原価に含まさせることになって
います。つまり、売上原価に商品仕入や材料費などの直接原価と、人件費や電気代などの間接原価が含まれることになります。
また、変動費と固定費という見方でみれば、それらが混在していることになります。
そうすると、「売上原価」とはいいながら、100%原価に相当する費用とあいまいな費用が売上原価になってしまっています。
3.するとどういうことが起こるのか?
今期は先行きを読むことに失敗して、「余分に仕入してしまった!」などというときに予想以上に利益が出ることになったり、
「今期は仕入したものはすべてうまく売れ切った!」などというときに予想以上に棚卸資産代や間接原価がかかって、儲けが
出なかった、ということが起こり得ます。
会計制度上は決まったルールのうえで決算書を作らなくてはならないので仕方がないとしても、経営上は経営判断とその結果に、
ミスマッチが起こりうるということになります。
そこで登場するのが、管理会計としての『直接原価計算方式による損益計算書』です。
昔なら制度会計と管理会計の二つの損益計算書を作成することは大変だったでしょうが、いまはITの時代です。
ITによって、短時間に簡単に二つの損益計算書は作成できますので、経営判断も正当に評価でき、税務申告にも対応できる
ようになっています。
では、通常のP/Lである『全部原価計算方式による損益計算書』と、管理会計のP/Lである『直接原価計算方式による損益
計算書』の違いを見ていきましょう。
2 全部原価方式P/Lと直接原価方式P/Lの違い
<事例>
売上高4000万円、商品・材料仕入2000万円、前期在庫400万円、今期在庫800万円、労務費400万円、製造経費100万円、
販管人件費1000万円、その他販管費200万円 だったとして、二つのP/Lを作ってみましょう。
【通常のP/L:全部原価方式損益計算書の場合】 【管理会計のP/L:直接原価計算方式損益計算書の場合】
①売上高 4000万円 ①売上高 4000万円
②売上原価計 2100万円 ②直接原価 2400万円
商品仕入・材料費 1600万円* 商品仕入・材料費 2000万円
*期首在庫400万+期中仕入2000万-期末在庫800万 期首在庫 400万円
労務費 400万円
製造経費 100万円
③売上総利益 1900万円 ③限界利益 1600万円
④販管費計 1200万円 ④経費計 1700万円
販管人件費 1000万円 人件費計 1400万円
その他販管費 200万円 その他経費計 300万円
⑤営業利益 700万円 ⑤営業利益 -100万円
なんと、結果(営業利益)は800万円も差が出ます。
経営感覚的言えば「黒字経営ではなく、赤字経営!」で、さらに状況を悪くしてしまっているということです。
もちろん、税務申告は通常のP/Lで行うわけですが、経営判断は管理会計のP/Lで行うべきと思われます。
なお、直接原価計算方式損益計算書は、失敗も成功も次期に繰り越すという考え方はしませんので、
1年1年の『期間損益』であるという大きな特徴もあります。
さらに直接原価の費用科目を『変動費』、そうではない間接原価の費用科目を『固定費』と言います。
管理会計を実行するには、結果をクリア(明快)にするためにも、シンプルにすることが非常に大事です。
ですから、準固定費などという考え方はしません。
3 管理会計のP/Lだからこそできる経営分析
直接原価計算方式による損益計算書にはもう一つの大きな利点があります。それは「経営の分析が出来る」ということです。
直接原価計算方式P/Lを作成すると自社の損益状況について、次のようなことがわかります。
1.限界利益率 限界利益÷売上高×100
これは売上高に占める限界利益の割合ですが、正味の自社の付加価値率でもあります。
これを高める販売を行うことが重要です。
2.変動費比率 変動費合計÷売上高×100
これは売上高に占める変動費(直接原価)合計の割合ですが、これを低くする経営が重要です。
変動費を低くするとは、社内的には在庫の問題であり、仕入品目や仕入数量の問題です。
社外に目を向ければ仕入れ業者の選定の問題でもあります。
3.労働分配率 人件費合計÷限界利益×100
これは限界利益(付加価値)に占める人件費関連総額の割合ですが、いくら限界利益から人件費に分配しているのかという
ことです。会社の安定度を増すためにはもちろん低く抑えることが大事ですが、しかし一方、実額は増加させていくことが
大事です。給料は毎期毎期昇給させて、労働分配率は抑えるという経営です。
なお、この労働分配率は、役員と従業員に分けて把握することも非常に大切なことです。
4.その他固定費比率 (固定費合計-人件費合計)÷売上高×100
これは売上高に占める人件費を除く、固定費(一般経費)の割合ですが、これを総額で抑えるあるいは増やさない経営が
重要です。しかし、あまり抑えことばかりをやり過ぎると組織に活力がなくなってきますので、メリハリが大事です。
5.損益分岐点売上高 固定費合計(人件費+その他固定費)÷限界利益率
これは、いまの限界利益率で最低限、固定費だけを賄える売上高を算出する方法です。
売上高がこれ未満になれば”赤字”、これを超すと”黒字”になる収支ゼロの分岐点売上高のことです。
6.損益分岐点比率 損益分岐点売上高÷実績売上高×100
これは赤字と黒字に分かれる損益分岐点売上高と実績売上高の比較ですが、100%超になっているのであれば、
損益分岐点売上高の方が大きいということですから、赤字経営ということです。
7.経営安全率 100-損益分岐点比率
これは損益分岐点売上高になるまでに何%売上が落ちても、赤字転落にならないかという安全率です。
少し前までは50%であれば超優良企業で、どんな経営環境になっても「まず安心安全」と言われていましたが、
今回の新型コロナ感染拡大で、そんな固定観念は吹き飛びました。
8.目標売上高の試算 (目標利益+予定固定費総額)÷予定限界利益率
これは翌期の経営計画を立てる場合には大変有効なシミュレーション計算式ですから、ぜひ、知っておきたいものです。
設定した目標利益と予定した人件費および固定費を確保できる売上高が算出できます。
なお、最後に「変動損益計算書」なる言葉もお聞きになったこともあるかと思いますが、変動損益計算書とこの『直接原価方式損益
計算書』は似て非なるものであることを知っておいてください。
このようなことを考えながら会計をすると、会計で会社を徐々に強くできます。
いかがでしょうか、会計は意外と楽しいもので、経営に役立つものだと思われませんか。
少しでもそのように思われてきたのなら、それだけ貴社の経営力が高まって来ていることを示しています。
会計を楽しみながら、荒波に強い会社になるよう取り組みませんか!?