572.リスクヘッジ仕訳 棚卸資産
2022年7月3日
再更新日:2022.08.03
会計には、経営をリスクから守る仕組みがあります。リスクから守ることを「リスクヘッジ」といいます。
そもそもリスクヘッジとは、起こりうるリスクをあらかじめ予測し、そのリスクに対応できる体勢を取っておくことをいいます。
そこで、会計には次のような仕組みがあります。
1.資金の調達と資金の運用の面から企業の財政状況を貸借対照表として明らかにする
2.資金の源泉と資金の使途の面から事業の損益状況を損益計算書として明らかにする
3.損益計算書の当期利益を貸借対照表の繰越利益剰余金へ組み込み、B/SとP/Lを結び付ける
4.引当や償却・棚卸などの特殊な仕訳をすることで健全な経営を執行するためのリスクヘッジをする
このような仕組みで、会計は企業を「健全な経営」へ導くようになっています。
これまで『リスクヘッジ仕訳』というテーマで、次のようなことを説明して来ました。
第4回目の今回は『棚卸資産』におけるリスクヘッジです。
1 棚卸資産とは
売上原価は「期首棚卸高+期中仕入高-期末棚卸高」という算式で計算されますので、在庫は正しい原価を計算する上で重要な
ものとなります。
仮に、実在庫以上に棚卸資産を計上していれば、売上原価は実際以上に少なくなりますので、利益(売上総利益)は実際以上に
大きくなります。
逆に実在庫より少なく棚卸を計上していれば、売上原価は実際以上に多くなりますので、利益は実際以上に少なくなります。
在庫である棚卸資産は正確な利益を把握するために重要なものなのです!
したがって、棚卸資産は経営をリスクヘッジしていく上では重要なものといえます。
また、その在庫を決算のときにしか確認していないならば、月々は正しい利益を把握せずに経営をしていることになります。
あるいは毎月在庫を確認していても、それがいい加減であれば、やはり月々の利益はいい加減なものになります。
特に製造業や卸売業・小売業などにおいて在庫管理がいい加減だと、利益を把握しないで経営していることになりますので、
大変心許ない経営をしていることになります。
棚卸資産は経営をリスクヘッジしていく上では重要なものなのです!
2 在庫は月次管理さえしていればよいのか
以上のことから、決算時にしか実地棚卸をしていないとすれば、経営上、非常に大きな問題をはらんでいることは明白です。
では、月次で実地棚卸をしていればそれでよいかといえば、精度の問題が残ります。
形式上、月次棚卸をしていても、実際には手を付けられない状況で、形式的にしか棚卸をしていないようでは、
それは「五十歩百歩」です。
要は棚卸の精度が上げられるまでは、毎週でも毎日でも実地棚卸することが大切なのです。
したがって、正しい実地棚卸ができるまでは「毎日でも実地棚卸をする」ことが正解です。
実地棚卸は精度が上げられるまでは頻度を上げて行うことが大切!
では、そんな棚卸をどのように仕訳すればよいのでしょうか?
3 棚卸資産の仕訳
棚卸資産に関する仕訳を、期首と期中および期末の3つに分けて考えてみましょう。
(1)期首の棚卸高の仕訳
まず、会計では「棚卸資産」を次の6種類に分けるように決められています。
①販売する目的に仕入れたモノ →「商品」に計上する
②販売する目的で生産したモノ →「製品」に計上する
③製品ではないが販売できる状態にあるモノ →「半製品」に計上する
④製品の材料であるモノ →「原材料」に計上する
⑤生産途中でまだ販売できない状態のモノ →「仕掛品」に計上する
⑥製品の消耗品的なモノ →「貯蔵品」に計上する
これらの前期末残高を、期首年月日で『期首棚卸高』へ振替えます。
《期首年月日》 PL:期首棚卸高 / BS:商品
PL:期首棚卸高 / BS:製品
PL:期首棚卸高 / BS:半製品
PL:期首材料棚卸高 / BS:原材料
PL:期首仕掛品棚卸高 / BS:仕掛品
※解説: 一旦、B/Sの各棚卸資産を、P/Lの各期首棚卸高へ振替えます。
これらの仕訳は、期首年月日にしか行いません。
期首棚卸高への振替えは1度しか行わない!
(2)仕入の仕訳
そして企業は必要に応じて期中仕入を行い、月末にはいくらかの在庫が残ります。
商品又は材料仕入は商品又は材料という資産を、掛仕入または現金仕入しますから、次のような仕訳となります。
《仕入年月日》 PL:商品仕入高 / BS:買掛金又は現金
PL:材料仕入高 / BS:買掛金又は現金
※解説: 仕入した商品や材料はB/Sの棚卸資産ではなく、一旦、P/Lの商品仕入高や材料仕入高に計上します。
仕入計上はB/S棚卸資産ではなく、P/L商品仕入高と材料仕入高に計上する!
(3)第1月目の月末棚卸高の仕訳
月末になると売れ残った商品などが手元に残りますから、実地棚卸を行って確認したうえで「月末棚卸高」を計上します。
「月末棚卸高」は、期末棚卸高を月末棚卸高と読み替えて計上します。
《月末年月日》 BS:商品 / PL:期末棚卸高
BS:製品 / PL:期末棚卸高
BS:半製品 / PL:期末棚卸高
BS:原材料 / PL:期末材料棚卸高
BS:仕掛品 / PL:期末仕掛品棚卸高
※解説: 実地棚卸の結果、確認した在庫をB/Sの棚卸資産とP/Lの月末棚卸資産に計上します。
これで「期首棚卸高+仕入高-月末棚卸高」という計算で、期首第1月目の売上原価が計算できることになります。
この仕訳を毎月末に行います。
毎月の売上原価を把握するために月末棚卸高の計上を毎月月末に行う!
(4)第2月目の月初棚卸高の仕訳
第2月目を迎えると、月末棚卸高である「期末棚卸高」を一旦ゼロにします。
《月初年月日》 PL:期末棚卸高 / BS:商品
PL:期末棚卸高 / BS:製品
PL:期末棚卸高 / BS:半製品
PL:期末材料棚卸高 / BS:原材料
PL:期末仕掛品棚卸高 / BS:仕掛品
※解説: 月末棚卸高を一旦、B/Sの棚卸資産を相手科目にして、ゼロにします。
月末棚卸高の月初戻しに「期首棚卸高」という科目は使いません!
この仕訳を期首第2月から第12月まで、毎月月初に行います。
(5)期中仕入の仕訳
期中仕入の仕訳は(2)と同じです。
《仕入年月日》 PL:商品仕入高 / BS:買掛金又は現金
PL:材料仕入高 / BS:買掛金又は現金
(6)第2月目の月末棚卸高の仕訳
第2月目の月末も売れ残った商品などが手元に残りますので、実地棚卸を行って確認したうえで、
(3)と同様「月末棚卸高」を計上します。
《月末年月日》 BS:商品 / PL:期末棚卸高
BS:製品 / PL:期末棚卸高
BS:半製品 / PL:期末棚卸高
BS:原材料 / PL:期末材料棚卸高
BS:仕掛品 / PL:期末仕掛品棚卸高
この仕訳を、期首第2月月末から第11月月末まで、毎月月末に行います。
(7)期末棚卸高の仕訳
そして期末年月日を迎えると、期末の実地棚卸を行い、その結果を文字どおり期末棚卸高に計上します。
それによって「期首棚卸高+期中仕入高-期末棚卸高」という計算で、今期の売上原価が計算できるようになります。
《期末年月日》 BS:商品 / PL:期末棚卸高
BS:製品 / PL:期末棚卸高
BS:半製品 / PL:期末棚卸高
BS:原材料 / PL:期末材料棚卸高
BS:仕掛品 / PL:期末仕掛品棚卸高
これで棚卸に関する一連の仕訳は終わりになります。
(1)から(7)までをいま一度、まとめると次のようになります。
①期首月には、期首年月日で前期末棚卸資産を期首棚卸高に計上する。
以後「期首棚卸高」という科目は使わず、期首棚卸高を固定します。
②期首月末には月末在庫をBSの棚卸資産とPLの期末棚卸高に計上します。
③期首第2月から第12月(期末月)まで、月初に月末棚卸高である期末棚卸高を
棚卸資産を相手科目に一旦ゼロにします。
④そして月末にはあらためて、BSの棚卸資産とPLの期末棚卸高に在庫を計上します。
4 棚卸資産のリスク
棚卸資産の管理をいい加減にしていると、どのようなリスクが生じるのでしょうか?
①二重帳簿を誘発
まず考えられることは、棚卸資産の仕訳をいい加減にしていると、本当の利益が計算できません。
したがって、必然的に二重帳簿を誘発します。
何故なら、形式的な会計帳簿では経営状況がわかりませんので、必然的に何らかの別の帳簿あるいはメモが必要となるからです。
②デッドストックによる不良在庫の発生
在庫状況を把握していないのですから、売れ残りが生じやすく、それらがデッドストックとなり、
それらがさらに在庫管理の妨げとなっていきますので、やがて不良在庫を発生させるようになっていきます。
③売上原価を高くする
売れ残りがデッドストックとなり、廃棄処分すれば、それらの仕入代金は売上原価に計上されていますので、
結局、売上原価を高くします。
そうすると、収益構造が悪くなり、それが赤字経営の温床につながって行きます。
④粉飾につながりやすくなる
帳簿上の在庫を増やせば、帳簿上の原価が下がることを気づいてしまうので、
やがてそれが赤字経営に対する安直な粉飾に繋がっていきます。
このように棚卸資産はさまざまなリスクを呼び出す要因があります。
したがって、正しい棚卸資産管理を行うことがリスクヘッジとなるわけです。
棚卸資産管理は不良在庫、赤字経営、粉飾決算などの経営リスクのリスクヘッジとなる!
このように、会計に対する理解が深まれば深まるほど、それだけ経営技術を向上させることが出来ます。
つまり、会計のルールには、健全な経営をしていくための意味が隠されているのです。
だから、科目の読み方や意味がわかれば、健全な経営をする道すじが見えてくるようになります。
もう、どんぶり勘定や勘は遥か過去のものなのです。
現代の経営は、管理会計と会計で読む力が問われているのです。 会計はたのしい!